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龍馬伝

坂本龍馬と岩崎弥太郎

坂本龍馬と岩崎弥太郎
岩崎弥太郎は幕末の激動の中を駈け抜け、武士から実業家に転身し三菱財閥の創業者でもあります。この岩崎弥太郎と坂本龍馬とは同じ1835年生まれです。


龍馬伝では、龍馬が時々岩崎弥太郎の所に行っているのですが、現在でも龍馬の生まれた高知市から岩崎弥太郎の生家のある安芸市まで車で1時間かかります。当時だと”ちょっと行ってくるぜよ”と言っていける距離ではないと思いますが、そこは小説の世界、いい絡みのストーリーになっているようです。


その二人が最初会ったのはいつなのかはわからないのですが、1867年龍馬が脱藩を許され、亀山社中が海援隊と改名し、龍馬が海援隊の隊長となると、岩崎弥太郎はその海援隊の会計を担当することになります。


同年、海援隊の「いろは丸」が、紀州藩船「明光丸」と衝突して沈没するという事件が起こります。この賠償交渉に後藤象二郎、龍馬、そして弥太郎があたるわけです。双方の激しい攻防戦の末、弥太郎が持ち前の才能を発揮してたくみに交渉したとされています。そして紀州藩に8万3千両の賠償金を払わせることに成功しています(後に7万両に減額される)。


しかし、弥太郎に、紀州藩が支払いに応じるという知らせが入ったと同じころ、龍馬が近江屋で中岡晋太郎とともに暗殺されという知らせも入ったとされています。


龍馬が近江屋で暗殺された後、海援隊は求心力を失い分裂していきます。そして1868年に解散させられることになるのです。その後、海援隊の事業を後藤象二郎は土佐商会として、弥太郎は九十九商会として発展させ、弥太郎は1873年に三菱商会を設立することになります。


龍馬がいた頃は海援隊の金庫番として活躍し、龍馬亡き後、龍馬の残した船で海運業を営み、一大財閥を作り上げたのが岩崎弥太郎なのです。


最後までお付き合い戴き有り難うございます。「龍馬伝」や龍馬に関する記事、満足戴けたでしょうか?


これからもNHK大河ドラマ「龍馬伝」を側面から応援をし続けたいと思います。これからも応援宜しくお願いいたします・・・そして、少しでも良かったと思われた方、拍手など貰えると嬉しいです。

タグ: 龍馬伝 NHK大河ドラマ 岩崎弥太郎

<<龍馬伝・・土佐沸騰龍馬伝ryomaden第10回引きさかれた愛>>

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コメント

  • 龍馬は
  • 6.高知県民です。
  • 2010年03月22日 |
  • こんにちわ。

    なかなか詳しく調べていますね。
    でも調べてみると龍馬の誕生日は
    1836年1月3日となっています。
    きっとタイプミスだとは思いますが一応報告しておきます。
  • [編集]
  • Re: 龍馬は
  • 7.龍馬den
  • 2010年03月22日 |
  • 高知県民さん、コメント有り難うございます。

    龍馬の誕生年、間違っていました。1935年!?100年間違っていました、1835年です(^^;)。早速訂正させて戴きました。

    高知県民さんご指摘の、龍馬の誕生年1836年1月3日説ですが、龍馬denとしては高知市、高知県龍馬記念館のホームページで書かれている、1835年11月15日としました(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では1836年1月3日と書かれています)。

    これからも、気になる記事、情報等教えて頂ければ嬉しく思います。今後とも宜しくお願いいたします。
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